〜2002年度〜
 
※MTのミスで、プリントでは「東西交流の3つの道とは?」になっていました。スミマセン…。

2月3日(月) 2年1組 K 翔

遊牧騎馬民族の草原の道、ソグド商人の絹の道、そして今もなお「原油の道」として栄える海
の道は、東西交流に大きな役割を果たした。海の道では、古くは季節風によりギリシア系商人
が活躍し、中国の唐代にはダウ船のムスリム商人が、また宋代に入ると羅針盤の発明により
中国人がジャンク船に乗りインド洋を渡った。

2月3日(月) 2年5組 K 佳名子

草原の道・オアシスの道(絹の道)・海の道(香料の道)の3つであるが、現在も使用されてい
るのは海の道である。1世紀、ギリシア系商人から始まり、7世紀にはイランやアラブのムスリ
ム商人が続いた。ダウ船、別名「海のラクダ」を使用していた。その後、10世紀にはコンパス
の発明を背景に、中国人商人も活躍した。彼らはジャンクと呼ばれる蛇腹式の帆を持つ帆船
を使った。

〜2001年度〜

2月4日(月) 2年8組 K 宏樹

海の道は香料の道とも呼ばれ、肉食のヨーロッパ人の東方への欲望をかきたて、船による輸
送が盛んであった。1世紀にはギリシア系商人が季節風貿易で活躍した。イラン人やアラブ人
のムスリム商人は唐代から中国の広州・泉州に出入りし、宋代には羅針盤が発明され中国人
商人の活躍が本格化した。

2月5日(火) 2年2組 K 桂

海の道ではヨーロッパ人の生活に必要不可欠な香料が運ばれたので「香料の道」とも呼ばれ
た。1Cにはギリシア系商人、唐代にはムスリム商人、宋代からは羅針盤を手にした中国人商
人が活躍した。15C末にはヨーロッパ人が自力で香料を手に入れようと海へ乗り出した。彼ら
の東方への憧れと欲望をかきたてたのが海の道である。

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