〜2002年度〜
9月4日(水) 3年8組 N 史浩
ロシア民衆は負け続きの戦いになったこともあり日露戦争に反対、またインフレで苦しんでいた。
これは血の日曜日事件を生み、それをきっかけにしてロシア第1次革命へとつながっていった。
自治組織のソヴィエトが都市に結成されると、皇帝ニコライ2世は日本との講和や十月宣言(国会
の開設など)を打ち出し、とりあえず社会主義革命の運動をとめた。
9月26日(木) 3年3組 K 玲菜
1905年、負け続きの日露戦争のさなか、食糧と平和を求める民衆と帝政ロシア政府の間に「血の
日曜日事件」が起きた。これをきっかけに、ロシア第一革命が始まり、都市労働者によるソヴィエト
が結成されたが、政府による日露戦争の講和や十月宣言(国会<ドゥーマ>の開設など)の発表
と、帰国した軍隊による鎮圧で失敗に終わった。