〜2002年度〜
7月15日(月) 2年1組 O 彩子
春秋時代は「春秋の五覇」のような有力諸侯の覇者によって王が尊ばれていたが、B.C.403年
に晋の三分裂を周王が承認してしまい春秋時代は終わり、孝悌の心も完全に壊れてしまう。戦
国時代は実力万能が重視され、たとえ子でも親よりも能力が高ければ上にのし上がれるような
下剋上の時代だった。その中で戦国の七雄が対立した。
7月15日(月) 2年5組 M 泰久
春秋時代には、有力諸侯は覇者と呼ばれ、尊王攘夷を唱えながら争った。しかし、戦国時代に
なると諸侯はそれぞれ王を自称し、周王は一諸侯にすぎなくなった。実力万能の風潮が強くな
り、そのうち戦国の七雄と呼ばれる国々(燕・斉・趙・魏・韓・楚・秦)が対立するようになったが、
やがて秦が強大となり、秦王政(公)が中国を初統一して始皇帝と称した。
〜2001年度〜
7月9日(月) 2年8組 T 憲志
春秋時代では周室はまだ王として尊ばれていた。しかし、周王が晋の三分裂を認めたために
下剋上の世の中になり、春秋時代には覇者と呼ばれた有力諸侯がそれぞれ王を称する戦国
時代となった。そして激しい興亡の後に燕・斉・趙・魏・韓・楚・秦の戦国の七雄が生まれ、最
後に秦が中国を統一した。
7月10日(火) 2年2組 N 周平
春秋時代、周王の権威は弱体化したが、有力諸侯は周王を形式的に王と認めて利用した。
戦国時代になると、諸侯は周王の権威を否定し、自分と同格の諸侯の一人と考えた。有力
諸侯はそれぞれ王を自称した。それは、富国強兵策により戦いを生き抜く、下剋上の時代で
あった。