No.116   T.Q.「イラン・インドでのナショナリズムの芽生えとは?」

              2 イラン


 [1         ](1796〜1925)の衰退
  …シーア派 but トルコ系の「征服王朝」 <都_[2     ]
 (1) 露・英の進出
  1 1828、[3             ]…イラン→露 東アルメニア 治外法権
  2 19C半、[4        ]を攻めるby イラン with 露の援助
          ←英が援助
   →イラン敗。アフガン再独立。イラン→英 治外法権  
     cf. [5        ](3回)→2回で1881、アフガン敗 ∴アフガニスタンは英の保護国化
       1回・3回は英が敗北
(2) イラン人民族主義の base
 19C半 [6      ]徒の蜂起→鎮圧 by イラン政府
        シーア派の神秘主義的新宗派。社会改革を主張
    末 タバコ=ボイコット運動 under やはりアフガーニーの思想
      英資本
              3 インド
@ 英の領土拡大
by 英[7       ]
  A ベンガル地方  1757     [8             ]…仏 with ベンガル太守に○
              (→65)   (→ムガル皇帝 with 地方政権にも○ ∴会社領に)
  B 南インド東岸   1763    カーナティックwar (3回)…仏に○
  C 南インド      18C末   [9        ]…マイソール王国を滅
  D ネパール      19C初  征服
  E セイロン島     1815    from 蘭 on ウィーン会議
  F 西インド      19C前半 [10         ]…マラータ同盟(ヒンドゥー系諸侯)に○
  G パンジャーブ地方  19C半   [11       ]…シク教(イスラーム的新ヒンドゥー教)徒に○

A インド社会の変化
 (1) 伝統的木綿工業衰退 ∵英の原料供給地・製品市場に転落
  cf. 英で産業revo.が進展→19C前半の自由主義改革
    1814  東インド会社のインド貿易独占権(茶以外)廃止
     34  [12             ] ∴インド統治機関(英政府の代理)化
 (2) 伝統的村落共同体崩壊 ∵ プランテーション…綿花・藍・茶・アヘン as 輸出用作物
                       商品経済化←自給自足経済の崩壊と近代的地租制度

B [13       ][14     ]の反乱(1857〜59)…都デリー占領。ムガル帝の統治復活宣言
      インド人傭兵              
 →鎮圧 by 英 ∵明確なナショナリズムとリーダーが不在
   but ヒンドゥー・イスラーム両教徒、地主・農民が協力 ∴インド人ナショナリズムの base
    58 ムガル帝国(1526〜)滅→[15              ]…英政府がインドを直接支配
     77  [16       ]成立 cf. インド皇帝=ヴィクトリア女王

No.116. Ans. 
1. カージャール朝 2. テヘラン 3. トルコマンチャーイ条約 4. アフガン王国
5. アフガン戦争 6. バーブ 7. 東インド会社 8. プラッシーの戦い 9. マイソール戦争
10. マラータ戦争 11. シク戦争 12. 商業活動自体も全面禁止 13. シパーヒー 14. セポイ
15. 東インド会社解散 16. インド帝国

                                
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