2019(H31→R元)年度

授業№36 社会契約説(ホッブズ・ロック・ルター)

T.Q.「ホッブズ→ロック→ルソーそれぞれの社会契約説とは?」

T.A.
ホッブズは自然状態を性悪説的にとらえ、ロックとルソーは性善説的にとらえた。ホッブズは王権神授説は否定したものの、国家主権を主張したのに対し、ロックは国民主権を主張した。ルソーはそれをさらに進めて、各個人の特殊意志の合計である全体意志ではなく一般意志を中心とする社会を目指した。

12月16日(月) 3K倫理

「ホッブズ性悪説」 ※( )内は授業担当者

ホッブズは、人間というものを偏った目で見ていることが分かった。なぜなら、もっと広く見ればいいのに、事実や(実際に)起こっている事をそのまま(ありのまま)見た上で真実を知ろうとしていないからだ。

授業担当者からのコメント:なるほど、これはベーコンの経験論哲学で言えば、「洞窟のイドラ(偏見)」(狭い視野や限られた自分の経験だけで、物事を判断してしまう独断)のことですね。ホッブズって人は、心を許せる友だちや、愛情で結ばれたパートナーに恵まれなかったのかもしれませんね。「人間っていいものだなぁ」とか「生きることは楽しい」とか、思えなかった人生だったのかもしれませんね。ちょっと、ホッブズ、可哀想かも…。

「(平和のありがたさ)」 ※( )内は授業担当者

ロックやルソーがいなかったら、今の様な平和な世の中(世界)にはなっていなかったのかもしれないと思うと、すごくありがたいことだと思った。また、改めて平和なことがどれだけすごいことかが分かった。

授業担当者からのコメント:自由で平等で平和な自然状態(人間の本性は善だから)を維持したり、改善したりするためにこそ社会的な契約(約束)が結ばれたのですね。だからマナーもルールも、みんなで大事にする「約束」なのでしょう。「仲間を守ることが、自分を守ること」という考え方にも通じる哲学(政治哲学)ですね。

12月17日(火) 3I倫理

「譲渡」 ※( )内は授業担当者

(ホッブズの社会契約説で)国家(政府や君主)に自然権(生命・財産を守り、自由・平等に生きる権利)を譲渡して、国家権力を作ろうという考え方は分かる。(しかし)それをしてしまったら、国家におびえながら生活し、自由がなくなると思った。

授業担当者からのコメント:ホッブズは、国家や社会の秩序(を保つこと)を何よりも優先しているのかもしれませんね。そこで後回しにされるのが、個人の自由だったり権利だったりする…。学校に当てはめて考えてみたら…恐ろしい! 国家や社会が個人のためにあるのであって、個人が国家や社会のためにあるのではないですよね。アリストテレスの「人間はポリス(社会)的動物」とか、和辻哲郎の「人間は間柄的存在」という考え方は、決して社会を個人に優先させるということではないのに。

「自然と文明を大事に」 ※( )内は授業担当者

将来、日本の都市などがビルで一杯になって、車が(空に)浮いていて、大きなタッチパネルが街にある(ようになるかもしれない)。(しかし私は、)それよりも、ほどほどにそれらを造って、自然を壊さない(工夫や)努力もしたらいいと、今日の授業で思った。

授業担当者からのコメント:ルソーの「自然に帰れ」という言葉が、「文明に毒されちゃダメだよ」の意味だということがよく分かります。