2019(H31→R元)年度

授業№34 経験論(ベーコン)

T.Q.「ベーコンの学問観とは、どういうものか?」

T.A.
ベーコンは、正しい知識を妨げる偏見である4つのイドラの排除を前提にして、帰納法を提唱した。帰納法とは、実験や観察による個別の事実から一般法則を導き出すものであるので、彼の「知は力なり」という言葉が示すように、知識は自然を支配するための手段であると考えた。

11月20日(水) 3K倫理

「イドラ(偏見)」

種族・洞窟・市場・劇場という、4つのイドラを習った。そして、その中の市場のイドラと劇場のイドラは、私もインターネットの情報を信じ込んだりするなど、実際にそういう事があったので気をつけようと思いました。

授業担当者からのコメント:私もできるだけ、出典(情報の出所。たとえば、本のタイトルや著者名、ネットの情報ならサイト名など)を示すことを心掛けています。授業で使用しているパワポの資料などで。

「イドラ」 ※( )内は授業担当者

たくさん(4つのイドラの例のことですね)のイドラの中でも、私が気をつけなければならないイドラは「劇場のイドラ」だと思う。だから、偉い人や賢い人だからといって、(その言葉や考え方を)盲信(自分で考えないで、正しいと信じ込んでしまうこと)しないようにしたい。

授業担当者からのコメント:自分の頭で考えて、自分の心(魂)で決めて、それに向かって自分の足で歩いていく。「世の中に 失敗なんて ありゃせんぞ」という坂本龍馬の言葉を信じて…。

11月26日(火) 3I倫理

「機械論的自然観」 ※( )内は授業担当者

僕はガリレイの機械論的自然観に、納得すると同時に反対でもある。確かに今や人間は、自然の植物に(人工的な)手を加えたり、少し前には動物のクローンを造り出した。しかしこれでは、「魂という物質・物体」は、どう説明すればいいのかが分からないではないかと思った。

授業担当者からのコメント:「人間の…」というより、「一人ひとりの個人の心や魂というものも、一種の物質・物体に過ぎない」という考え方を、私はとても怖いと思う。その考え方は、「一人ひとりの個人のコピーが造られてもいいじゃん」とか、「かけがえのない一人ひとりの個人なんて存在しない」という間違った思想を生んでしまうと思うから。

「洞窟のイドラ」 ※( )内は授業担当者

人にとって一番身近なイドラは、「洞窟のイドラ」だと思う。なぜなら、嫌いな食べ物が「食わず嫌い」だっりするからであり、「どうせ無理」というのも、過去に似たような事で失敗したから、それを引きずっているのだと思う。

授業担当者からのコメント:「滅びの言葉」である「どうせ無理」に言及している点が、鋭い指摘になっていますね。逆に指導者が「どうせ無理」と思ってしまったり、口にしてしまったりするのも、その指導者の経験不足だったり想像力不足だったり、そもそも「学校の先生になる資格無し」だったりするのかもしれませんね。