2019(H31→R元)年度

授業№32 モラリスト(モンテーニュ・パスカル)

T.Q.「モンテーニュとパスカル、それぞれのヒューマニズムに対する疑いとは?」

T.A.
「私は何を知る?(ク=セ=ジュ?)」という言葉を残したモンテーニュは理性を不完全なものとし、真理を求め続ける積極的な懐疑主義の姿勢をとった。また、パスカルは「幾何学的精神=理性の論理」と「繊細の精神=心情の論理」を区別して、その両立の大切さを唱えた。

11月18日(月) 3K倫理

「繊細な精神」 ※( )内は授業担当者

私はテレビで事件のニュースを観たりすると、「本当にこの人は悪いのか? 放送されていないだけで、何か事情があったのではないか?」と考えたりします。だから、(パスカルが「大事だよ」と主張した)「繊細な精神」と一緒だなと思いました。

授業担当者からのコメント:あなたは、とても優しい人ですね。パスカルのように。

「偏見」

福祉の授業を受けてから、自分は偏見という言葉や偏見の目で周りを見る人が大嫌いになりました。でも、今これを書いていて思ったのですが、偏見の目を向けた人を嫌な目で見るというのも偏見なのではないでしょうか。

授業担当者からのコメント:あなたのように、物事を多面的・多角的に見て、考えることのできる人こそ、モンテーニュの「寛容の精神」やパスカルの「繊細な精神」が豊かな人だと思います。

「人間の悲惨さ」

私は、人間が弱くて死ぬことを知っているのは悲惨ではないと思いました。なぜなら、死ぬことを知っているからこそ、人生の使い方や人生で成し遂げたいことを考えられると思うからです。

授業担当者からのコメント:素晴らしい! このような鋭くて建設的な批判を、誰よりも当のパスカルさんがよろこぶでしょう。あと、この考え方は、別の授業(実存主義哲学のハイデッガーの思想「死への存在」)で登場します! 先取り!?

11月19日(火) 3I倫理

「考える精神」 

人を理性中心ではなく、心情中心で見ようと思った。なぜなら、人のことを深く考えられれば、今とは違った一面を見ることができるのかなと思ったから。

授業担当者からのコメント:「鋭く考えるのが頭(理性)」なら、「深く思うのが胸(心情)」なのかもしれませんね。両方、大事にしたいですね。

「人間」

理性と本能を持ち合わせているからこそ、人間は人間なのだと思った。なぜなら、どちらか一方にかたよってしまうと、それはもう人間ではなくなってしまうと思うからだ。

授業担当者からのコメント:これも、中庸や中道の大切さですね。