「海の木かげ」


 「ふぅーっ」。帽子をうちわにしてあおぐ、暑い夏の海辺道。67歳になる定期バスの運転手、

竹井卓吾さんには少し厳しい今年の夏の暑さです。


 お昼過ぎの一番暑い時間帯、竹井さんはこんなふうに上手に仕事をサボります。決められた

時間にバス停に着けばいいのですから、近道を急いで走って時間を稼ぎ、その5分くらいを大

好きな岬で休憩するのです。そこにはお気に入りの大きな一本の松の木が海に向かって高く

伸びていて、気持ちのいい木かげを投げかけてくれているのです。


 松林の中にバスを停め、いつもの木かげの岩場に、片ひじでほおづえついて寝そべりながら

海を眺めていると、竹井さんはおもしろいことに気がつきました。それは、この松の木の枝が、

海の上にも木かげを作っていることです。「あそこにおる魚たちも、涼しいんじゃないかな。わし

みたいな老いぼれ魚が、やっぱり仕事をサボっとったりして…」。


 海の木かげの中では、黒っぽい色の子魚たちが、かくれんぼして遊んでいました。