「しあわせ」


 「わたしといる時の あなたは ふしあわせに 見える」

 女は そんな言葉で 男に 別れを告げた

 「それは 違う」と 声を荒(あら)げて言いながら 男は 心に呟(つぶや)いた

 『そのとおりかもしれない』 

 だから 男は 弱い調子で こう続けた

 「ふたりが しあわせだった時も あったよね?」

 その問いに 答えることなく 俯(うつむ)く女

 男は しばらく その横顔を 見つめていたが                  
 
 意を決すると ポケットから 青いカードを取り出して 女に差し出した

 男の 22歳の誕生日に 女がくれたものだった 

 いろんな種類の 青い切り紙で 表紙を飾った その手作りのカードには

 「あなたのことが 好きです」と 薄いブルーが滲(にじ)んだ水性インクの文字で 書かれていた

 女は 一瞬 悲しい目を 男に向けたけれども 黙って それを受け取った

 それから ふたりは 駅まで歩いて ホームで別れた


 こうして 一つの しあわせな ふしあわせが 幕を閉じた

 ふしあわせな しあわせを 始めるために