No.128
T.Q.「イラン・トルコの革命の成功と挫折とは?」
F インド cf. 英の支配→民族資本家や中間層成長 in 都市
(1) 1885、
[1 ]開催 in ボンベイ←英の呼びかけ
…
ヒンドゥー教徒中心。対英協調で温和的 but やがて
急進派発生
∴ムスリムが反発 ティラクが初期のリーダー
(2) 1905、
[2 ](
カーゾン法) for 「インド国民」の分断
(ヒンドゥー教徒 vs イスラーム教徒)
英インド総督
1 抗議運動←日露war での日の○(1905)
2 ∴国民会議派内の温和派と急進派団結。民衆の支持
→翌1906、カルカッタ大会で4綱領 cf. 1911には、ベンガル分割令廃止
…英貨排斥。
[3 ](国産品愛用)。
[4 ](自治獲得)。民族教育
(3) 1906、
[5 ]結成←英の支援
…親英・反国民会議派 ∴W.W.T以前の民族運動は、英に分断され挫折
G 東南アジア
(1) ベトナム(仏)
1 20C初 by
[6 ]_維新会
2
[7 ]…日に留学生←日露war で日の○ but 1907の日仏協約で強制帰国
(2) インドネシア(蘭)…1911、
[8 ](サレカット=イスラーム)結成
(3) フィリピン(西→米)
1 19C末 by
[9 ]…フィリピン民族同盟結成→処刑
医者→革命家
2 1896、独立宣言 to 西 by
[10 ]
3 米西war(1898)の effect…アギナルド、米を支持して大統領に
but 米はフィリピン領有を決定 ∴アギナルドの反抗 to 米( but しだいに親米化)
H 西アジア
cf.
[11 ]のパン=イスラーム主義
→アラービー運動(エジプト)、アブデュル=ハミト2世の政策(トルコ)に effect 大
(1) 1908、
[12 ]
…サロニカで無血revo.。陸軍青年将校がリード
∴
[13 ]
but 青年トルコ党内閣は反動化 ∵内外への対応に失敗
→独裁 for 多民族国家とオスマン朝の維持
(2) 1905〜11、
[14 ]←05のロシア第一次revo.と日露war での日の○
…タバコ=ボイコット運動から立憲運動へ
∴1906、シャーが国会と憲法を約束
but 鎮圧 by シャー
with 英・露軍
英露協商(07)でイラン分割
No.128. Ans.
1. インド国民会議 2. ベンガル分割令 3. スワデーシー 4. スワラージ
5. 全インド=ムスリム連盟 6. ファン=ボイ=チャウ 7. 東遊運動 8. イスラーム同盟
9. ホセ=リサール 10. アギナルド 11. アフガーニー 12. 青年トルコ革命
13. ミドハト憲法 14. イラン立憲革命
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