No.92   T.Q.「アウラングゼーブがムガル帝国を傾けたとはどういうことか?」

B
[1         ] (1501〜1736)  <都_(16C末〜) [2         ]>
  by 神秘主義(スーフィズム)教団の長→イラン民族国家化 for オスマン朝に対抗
   ∴ササン朝以来の[3     ]の称号復活。[4      ]を国教化
  →全盛 by 5代[5         ](位16C末〜17C前半)         
   内 新都イスファハーン建設…繁栄 cf. 「世界の半分」
   外 オスマン朝からアゼルバイジャン(カスピ海西南岸)とメソポタミアの一部回復。   
     ポルトガル人勢力をホルムズ島から駆逐 with 英東インド会社の艦隊の協力 
                                   17C、ペルシア湾岸のバスラに商館
          4 インド                 

  cf. 南部のヴィジャヤナガル王国(14〜17C)…伝統的なヒンドゥー文化を保持
ムガル朝([6       ]) (1526〜1858)  <都_デリー or [7   ]
 (1) 初代[8      ]_父系ティムール(母系チンギス=ハン) の子孫 ∴トルコ系
                中央アジアから西北インドに進出→ロディー朝を滅
                                      アフガン系。デリー=スルタン朝のラスト 
 (2) 3代[9      ](位16C半〜17C初)_実質的な建国者
  1 領土拡大…ガンジス下流、アフガニスタン東部→アグラを新都に         
  2 官僚に給料を for 封建領主化防止−A                    
  3 ヒンドゥー教徒との融和…ラージプート族と和解−B [10       ]−C   
 (3) 全盛…5代シャー=ジャハーン       
 (4) 極盛…6代[11          ](位17C半〜18C初)             
  1 領土最大…デカン高原の大部分も but 軍事費で財政難に
  2 ジズヤ復活−C’ ラージプート族を圧迫−B’                 
   ∴[12       ][13      ]の反乱                        
      →デカン高原西部にヒンドゥー教王国 
  3 官僚にイクターを ∴地方政権化−A’
        封土での徴税権
  →帝の死後、[14       ]がデリーにせまり、英・仏が内陸部へも進出
 (4) [15           ]
 [16     ] by ナーナク←イスラーム教の effect                   
 …偶像崇拝とカースト制度を否定する新ヒンドゥー教。パンジャーブ地方に広まる
 [17      ](今のパキスタン語)成立 …ヒンディー語+トルコ・イラン・アラビア語
 [18         ] by 5代シャー=ジャハーン…愛姫の墓廟 in アグラ      
 [19       ]…ムガル帝が保護。イラン風の細密画で肖像・歴史画
 [20          ]…ラージプート族諸王が保護。インド伝統風の庶民画

No.92. Ans. 
1. サファヴィー朝 2. イスファハーン 3. シャー 4. シーア派 5. アッバース1世
6. ムガル帝国 7. アグラ 8. バーブル 9. アクバル 10. 人頭税(ジズヤ)廃止
11. アウラングゼーブ 12. マラータ族 13. シク教徒 14. マラータ同盟 
15. インド=イスラム文明 16. シク教 17. ウルドゥー語 18. タージ=マハル 19. ムガル絵画
20. ラージプート絵画
 
                                     
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