No.127.

1. 清は北京議定書で半植民地状態になったことを反省し、「上からの改革」│1 │

 である新政を実施したが、1905年に廃止した官吏任用制度は何か。

2. 20世紀初めの清の「上からの改革」新政で、1908年に立憲政治の実現を│2 │

 目指して何が発表され、国会開設が約束されたか。

3. 1894年、清朝の打倒を目指し、広東出身者や華僑が中心となってハワイ│3 │

 で組織された、孫文を指導者とする革命派の結社は何か。

4. 1905年、興中会を中心に革命派の結社が大同団結して東京で組織された│4 │

 団体は何か。

5. 特に日本の中国人留学生に影響が大きかった、中国同盟会の会報は何か。│5 │

6. 中国の民族資本家が、列強に奪われて外国資本にされた鉄道敷設権や鉱│6 │

 山採掘権などの利権を回収することで、中国人による中国産業の発展を目指

 した運動を何というか。

7. 孫文の三民主義の一つで、漢民族の独立を主張したものは何か。 │7 │

8. 孫文の三民主義の一つで、民権の伸張を主張し、国民の政治上の平等を│8 │

 図ったものは何か。

9. 孫文の三民主義の一つで、民生の安定を主張し、国民の経済上の平等を│9 │

 図ったものは何か。

10. 清朝政府による幹線鉄道の国有化に対して、反対運動が暴動化したのは│10 │

 どの地方か。

11. 武昌蜂起による湖北省の独立後、他の14の省にも次々に清朝からの独立│11 │

 の動きが広がったが、これを何というか。1911〜12年。

12. 1912年1月1日、孫文を臨時大総統として南京を首都に発足した共和国│12 │

 の名称は何か。

13. 1912年、清の内閣総理大臣に就任した北洋軍のリーダーである袁 世凱が、│13 │

 孫文との取り引きで退位させた清朝最後の皇帝は誰か。

14. 孫文との取り引きで清朝を滅ぼし、その報酬として新たに中華民国の臨│14 │

 時大総統に就任した野心家は誰か。

15. 1912年、臨時大総統の袁 世凱が公布した、正式に制定するまでの暫定的│15 │

 な憲法は何か。

16. 中華民国成立後の1912年、中国同盟会は改組されて何という新しい政党│16 │

 になったか。

17. 袁 世凱は孫文との約束を破り、国会を無視し、首都を南京から自分の根│17 │

 拠地であるどこに移したか。

18. 国民党を弾圧し、専制政治を復活させた袁 世凱に対し、1913年に江西・│18 │

 南京で革命派が挙兵したが失敗した。これを何というか。

19. 第2革命失敗の翌1914年、孫文らが革命派の再建を図って結成した政党│19 │

 は何か。

20. 袁 世凱の帝政復活宣言に反対して、1915年に雲南から全国に広がり、帝│20 │

 政を取り消させた革命運動を何というか。

21. 袁 世凱の失政として、第一次世界大戦中の1915年に、日本政府による屈│21 │

 辱的な要求を受諾したことが挙げられるが、これは何か。

22. 袁 世凱の死(1916年)から北伐の完成(1928年)まで、中華民国は地方に割拠│22 │

 した軍閥が国政を左右する状況であったが、このような政治を何というか。


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